埼玉企業法務研究会トップページ > 活動報告 > 2016年度 >2016年6月8日発表
有期雇用契約(無期転換ルールへの対応を中心に)(弁護士 齋藤伸一)
はじめに
平成27年の総務省労働力調査(基本集計)によると,現在,全労働者の37.5%,つまり,日本の労働者の3人に1人以上が有期労働・パート労働・派遣労働等に従事する非正規労働者である。平成24年8月に行われた労働契約法改正では,①「5年無期転換ルール」の導入(同法18条),②雇止め法理の明文化(同法19条),③有期労働契約であることを理由とする不合理な労働条件の禁止(同法20条)についての規定が新設された。
この改正により,有期雇用労働者を雇い入れている企業としては,①②③の新設への対応が求められている。以下では,本改正がどのようなものであるかを復習した上で,①の新設に対し企業がどのような対応をしているか,対応の際の注意点について,場合を分けて検討する。
第1 改正内容
〇平成24年8月10日付け基発0810第2号「労働契約法の施行について」(厚生労働省労働基準局長発 都道府県労働局長あて)(抜粋)
「労働契約法の一部を改正する法律(平成24年法律第56号。以下「改正法」という。)については,本日公布され,一部は本日から施行される。
今般の改正は,有期労働契約の反復更新の下で生じる雇止めに対する不安を解消し,また,期間の定めがあることによる不合理な労働条件を是正することにより,有期労働契約で働く労働者が安心して働き続けることができる社会を実現するため,有期労働契約の適正な利用のためのルールとして改正法による改正後の労働契約法(平成19年法律第128号。以下「法」という。)第18条から第20条までの規定を追加するものである。」
1.有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換
有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合(※1)は,労働者の申込みにより,無期労働契約(※2)に転換させる仕組みを導入する。
(※1) 原則として,6か月以上の空白期間(クーリング期間)があるときは,前の契約期間を通算しない。
(※2) 別段の定めがない限り,従前と同一の労働条件。
2.「雇止め法理」の法定化
雇止め法理(判例法理)(※)を制定法化する。
(※)有期労働契約の反復更新により無期労働契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,または有期労働契約の期間満了後の雇用継続につき,合理的期待が認められる場合には,雇止めが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,有期労働契約が更新(締結)されたとみなす。
3.期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止
有期契約労働者の労働条件が,期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合,その相違は,職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して,不合理と認められるものであってはならないものとする。
4.施行期日
公布の日から。一部は,平成25年4月1日施行。
18条の規定は,平成25年4月1日以後の日を契約期間の初日とする期間の定めのある労働契約について適用し,平成25年3月31日前の日が初日である期間の定めのある労働契約の契約期間は,18条1項に規定する通算契約期間には算入しない。
例えば,平成25年4月1日以後に締結した有期雇用契約について通算契約期間が5年経過した場合に,無期転換ルールが適用される。
現段階(平成28年6月現在)においても,平成30年4月1日以降に満了する契約を締結している者については,無期転換ルールが適用される。
5,無期転換ルールについて
労働契約法第18条
(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)
第18条 同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が5年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
2 当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が6月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む2以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該2以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が1年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に2分の1を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。
無期転換の申込みができる場合
【契約期間が1年の場合】
*1年契約の場合は,5回目の更新が成立した時点で,労働者は無期転換を申し込むことができる。
【契約期間が3年の場合】
*3年契約の場合は,1回目の更新が成立した時点で,通算5年を超える労働契約が成立するため,労働者は無期転換を申し込むことができる。
【空白期間がある場合】
*空白期間の前はカウントに含めない 以上の図は厚労省のパンフレットから
第2 無期転換ルール対応策
1,改正労働契約法によって導入された有期労働契約の新ルールに企業が対応するには,
① 有期労働契約のあり方の見直し
② 無期化の推進
の2つの方向が考えられる。
「5年ルール」にどのような対応を検討しているか (単位:%)
平成25年11月12日付 独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査結果」
2,有期労働契約のあり方の見直し
(1)個別契約の見直し
ア 契約更新を5年までとする
「5年ルール」に対応した有期労働契約のあり方として,有期労働契約が更新を含めて通算5年を超えないように運用していく。
有期労働契約の新規採用のときに「契約更新は5年まで」とする。
このような対応方法をとる場合は,「雇止めのルール」に基づいた運用が必要になる。
契約更新のたびに書面を交わし,労働者側に自動更新を期待させるような言動をしない。
イ 労働契約書
有期労働契約の更新回数を制限する場合には,その旨を契約書に明記することになる。労働契約書の内容については,「期間の定め有り」とする場合は,契約の更新の有無,更新の基準について明記する。
有期労働契約の労働契約書の例(厚生労働省がホームページのひな形)
(2)就業規則の変更
ア 変更内容(案)
・変更前
「任期制職員の雇用契約期間は,1年以内とする。」
↓
・変更後
①「任期制職員の雇用契約期間は,1事業年度以内とする。ただし,期間を定めた雇用契約(以下「有期雇用契約」という。)にかかる通算契約期間は5年を超えないものとする。」
②「前項の通算契約期間は,平成25年4月1日以後に開始した有期雇用契約の期間とする。」→この変更について,たとえば平成28年4月1日に施行する場合はどうか。
イ 不利益変更
当該会社に既に5年以上の継続勤務者が多数いるなどの場合,就業規則の変更により,当該継続勤務者も平成30年3月31日に雇止めになってしまう。反復更新の実績がある者に対し,将来の更新期限を設定することは,就業規則の不利益変更となると考える。
(3)労働条件の不利益変更の方法
不利益変更の方法(労働契約法8条から11条まで)
ア 労働条件についての合意原則(3条1項及び8条)
←就業規則の最低基準効
イ 就業規則についての不利益変更の合意原則(9条)
→反対解釈により合理性なくても労働者が不利益変更を合意すれば 就業規則不利益変更可
合意があればこちらが適用
ウ 例外としての就業規則の一方的不利益変更(10条)
合意がなければこちらが適用
(4)就業規則の不利益変更
ア 要件
就業規則の変更が合理的であり,かつ変更後の就業規則が労働者に周知されていれば,同意がなくとも就業規則の変更により不利益変更ができる(10条)。
変更の手続きに関しては,労働基準法第89条及び第90条の定めるところによる(11条)。
イ 変更の手続き
① 労働者代表の意見聴取(労働基準法90条1項)
② 労働基準監督署長への届出 (89条1項)。
届出には,労働者の過半数で組織する労働組合か,労働者の過半数を代表する者(当該事業場の労働者全員が参加しうる投票又は挙手等の方法によって選出した代表者をいう(規6条))の意見を記した書面を添付してしなければならない(90条2項)。↓
・意見聴取義務がある。
↓
しかしながら,ここでいう意見聴取義務とは,同意を得るとか協議をするという意味ではない。「全面的に反対」との意見が述べられても,就業規則の効力には影響がない(菅野)。
意見表明を拒み又は「意見を記した書面」の提出を拒む場合には「意見を聴いたことが証明できる限り」受理される。
ウ 周知
エ 合理性の判断基準(10条)
第3 対応後の注意点
たとえ就業規則を変更して5年で雇止めにする旨を定めたとしても,継続勤務者については,今回の労働契約法の改正によって,契約更新されたものとみなされることがあり得る。
法律の要件を満たさない社員は雇止めとなり,退職することになるが,雇止めの事案であっても,解雇に関する法理の類推等により契約関係の終了に制約(雇止め法理)がある(19条)。
【東芝柳町工場事件】
業務内容が恒常的で,更新手続が形式的であり,雇用継続を期待させる使用者の言動が認められ,同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例がほとんどないといった事案において,雇止めは否定されている(最高裁昭和49年7月22日判決等)。
【日立メディコ事件】
これに対し,業務内容が恒常的であっても,更新回数が多く,業務内容が正社員と異なり,過去に雇止めの例がある事案では,経済的事情による雇止めについて,正社員の整理解雇とは異なるという理由で雇止めを認める傾向がある(最高裁昭和61年12月4日判決等)。
参考
【本田技研工業事件】
「自由な意思に基づくかない不更新条項の効力は意思表示の瑕疵等により否定されることもあり得るが,不更新条項を含む経緯や契約締結後の言動等も考慮して,労働者が次回は契約を更新されないことを真に理解して契約を締結した場合には,雇用継続に対する合理的期待を放棄したものであり,解雇に関する法理の類推を否定すべきである。」(東京高判平成24年9月20日判決)
以上