埼玉企業法務研究会トップページ > 活動報告 > 2016年度 >2016年11月20日発表
労働契約終了と雇用保険(弁護士 神保将之)
第1 雇用保険
1 適用事業と保険関係の成立
雇用保険は5人未満を雇用する農林水産業を除き,労働者を雇用してい るすべての事業に適用され(雇用保険法5条1項,法附則2条,施行令附則2条),雇用保険の保険関係は事業が開始された日に成立する(法5条2項,労働保険の保険料徴収等に関する法律4条)。
事業主は,その雇用する労働者に関し,当該事業主の行う適用事業にかかる被保険者となったことを厚生労働大臣に届け出なければならないが(法7条),事業主がこの届出を怠っていた場合,被保険者となったことの確認を請求することができる(法8,9条)。確認請求により,被保険者となったことの確認を受けた労働者の被保険期間は,確認があった日の2年前よりも前の期間を含まない。ただし,事業主から雇用保険料を天引きされていたことが給与明細書等の書類により確認されたものについては,2年を超えて遡及することができる(法14条2項2号,22条5項)。
2 被保険者資格
(1)被保険者の種類
ア 一般保険者(以下イ~エ以外の者,①31日以上の雇用見込みが
あること,②週所定労働時間が20時間以上であること)
イ 高年齢継続被保険者(同一事業主の適用事業に65歳に達した日の前日から引き続いて65歳に達した以後の日において雇用されている者。ウ,エに該当する者を除く)(法37条の2第1項)
ウ 短期雇用特例被保険者(季節的に雇用されるもののうち,①4か月以内の期間を定めて雇用される者,②1週間の所定労働時間が20時間以上であって厚生労働大臣の定める時間数未満である者(1週間の所定労働時間が30時間未満),のいずれにも該当しない者のいずれにも該当しない者)(38条1項)
※スキー場,海の家,出稼労働者
エ 日雇労働被保険者(日々雇用される者又は30日以内の期間を定めて雇用されるもので,適用区域に居住又は雇用される者及び厚生労働大臣が指定したものに雇用される者)(法42条,43条1項)
(2)適用除外者
雇用保険法6条が規定する適用除外者は以下のとおりである。
ア 65歳に達した日以降に新たに雇用される者(短期雇用特例被保険者,日雇労働被保険者を除く)(法6条1号)
イ 週所定労働時間が20時間未満である者(日雇労働被保険者を除く)(法6条2号)
ウ 日雇労働被保険者に該当しない日雇労働者(法6条3号)
エ 4か月以上の期間を予定して行われる季節的事業に雇用される者(日雇労働日保険者を除く)(法6条4号)
オ 学校教育法1条,124条,134条1項の学生又は生徒であって,厚生労働奨励で定める者(法6条5号)
カ 船員法1条に規定する船員であって,漁船に乗り組むため雇用されている者(1年を通じて船員として適用事業に雇用されている者を除く)(法6条6号)
キ 官公署及びこれに準ずるものの事業に雇用される者のうち,離職した場合に,他の法令,条例になどに基づき支給を受けるべき諸給与の内容が,雇用保険の求職者及び就職促進給付の内容を超えると認められるものであって,厚生労働省令で定める者(法6条7号)
(3)問題となるケース
ア 会社役員
代表取締役,監査役(名目的な監査役を除く)は被保険者にならない。
会社役員でも,工場長や部長など兼務役員として労働者性が強い場合には被保険者となる(役員報酬より賃金額の方が多額である場合,就労実態,就業規則の適用状況など勤務に対する拘束の度合いなどから見て労働者性が強く,雇用関係ありと認められる場合)。
イ 生命保険会社の外務員等
生命保険会社や損害保険会社でももっぱら保険契約の募集に従事する外務員は,その法律関係が会社との委任関係に基づくもので,雇用関係ないとして被保険者性が否定されることが多い。しかし,外務員であっても,使用者の指揮監督下に稼働している場合もあるので,職務内容・態様,給与の算出当の実態から使用者の始期監督下にあるかどうかを検討して,職安と交渉してみる必要がある。
ウ 国外勤務者
適用事業主に雇用され,国外に出張,派遣されて就労する者は,被保険者となる。他方,現地での採用者は被保険者とならない。
エ 外国人
外国人でも,日本において合法的に就労する場合は,在留資格を問わず,被保険者となる。ただし,外国公務員や外国の失業保険制度の適用を受ける者は被保険者とならない。
(3) 失業等給付の概要
雇用保険から支給される失業等給付は,①求職者給付(一般被保険者の場合は基本手当,技能習得手当など)②就業促進給付(離職後早期に職業に就いた場合の再就職手当など)③教育訓練給付④雇用継続給付(高年齢雇用継続給付,育児休業給付,介護休業給付)がある。
(4) 受給資格要件
ア 被保険者期間
一般被保険者が基本手当の支給を受けるには,離職の日以前の2年間に被保険期間が通算して12か月以上(各月11日以上)あることが必要である。ただし,疾病,負傷,事業所の休業,出産により,引き続き30日以上賃金の支払いを受けることができなかったときは,その期間に2年を加算した期間(最高4年)について被保険者期間が通算して12か月以上(各月11日以上)あればよい(法13条1項)。
イ 特定受給資格者
特定受給資格者(法23条2項)については,離職の日以前1年間(当該機関に疾病等により引き続き30日以上賃金の支払いを受けることができなかった被保険者については,当該理由により賃金の支払いを受けることができなかった日数を1年に加算した期間)に被保険者期間を加算して6か月以上であれば足りる(法13条2項)。
ウ 特定理由離職者
特定受給資格者に該当しなくても,期間の定めのある労働契約の期間が満了し,かつ,当該労働契約の更新がないことにより離職をした者(その者が更新を希望したにもかかわらず,甲信合意が成立しなかった場合に限る),及び正当な理由のある自己都合により離職した者(正当な理由とは,雇用保険法33条に基づく給付制限が行ら割れない場合と同一の基準(雇用保険法第33条の「雇用保険受給制限のない自己都合退職」平成5年1月26日付職発第26号))は,「特定理由離職者」として,特定受給資格者と同様に扱う(法13条2項)
(5) 基本手当の支給開始時期(離職事由による給付制限)
公共職業安定所に出頭して給食申し込みを行った後7日過ぎてから基本手当の支給が開始される(法21条)。
しかし,自己の責めに帰すべき重大な理由によって解雇された場合や正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合には,基本手当の支給開始は3か月後になる。ただし,自己都合退職の場合でも正当な理由があれば給付制限は受けない(法33条)。
(6) 基本手当の額,給付日数
ア 基本手当の額
基本手当の日額は,原則として,賃金月額(最後の6か月間に支払われた賃金総額を180で割った額。賃金総額に所与や退職金は含まれないが,残業手当は含まれる)の50~80%(離職日に60歳以上65歳未満の場合は45~80%)である(法16条,17条)。
※賃金が高いほど基本手当の給付額も多くなるが,なるべく平均的に支給するために,賃金の高い人ほど低い給付率が適用される。
イ 基本手当の給付日数(法22条,23条)
特定受給資格者・特定理由離職者,一般の離職者,就職困難者によって給付日数に差が設けられている。
1特定受給資格者(3を除く)
2 一般の離職者(3を除く)
3 就業困難者
(7)受給手続き
事業主は,その雇用する被保険者について離職(退職,解雇など)があったときは,離職証明書及び離職票に離職理由や賃金支払い状況などを記載して離職者本人に確認の署名押印を求めたうえ,被保険者資格喪失届に添付して10日以内に事業者の所在地を管轄する公共職業安定所に提出する(法7条)。離職者は,確認尾署名押印の際,離職証明書及び離職業の内容について十分に点検することが必要である。特に,「賃金額」の記載が不正確だと賃金日額が少なくなる可能性があるので注意を要する。労働の対象であれば,食事・被服・住居の利益など現物支給・通勤手当も賃金である(法4条4項)。
公共職業安定所は,離職票に所定事項を記入したうえで事業主に工具する。
離職者は,事業主から離職票を受領し,自己の居住地を管轄する公共職業安定所に出頭して給食の申込みをし,離職票を提出して受給資格の決定を受ける(法15条)。事業主から離職票を受領した時点でも内容を点検し,誤りを発見したら事業主に訂正を求めることが必要である。なお,印鑑,住民票,雇用保険被保険者証,写真,金融機関の預金通帳も職安に持参する必要があるが,これらは,離職申し込み当日でなくても,その後の雇用保険移管する説明日までに提出すればよい。
(8)事業主が離職票を交付しない場合
事業主が離職票を交付しない場合,離職者は,被保険者となった労働者と同様に,被保険者であったことの確認を請求することができ,確認された場合は,公共職業安定所長は,離職者の請求により離職票を交付しなければならない(規則17条)。
(9)離職業の「離職理由」の記載について
離職理由によっては,給付日数が減り,給付制限がされるため,事業者には離職証明書及び離職票の離職理由を正確に記載させることが重要である。
主たる離職理由を離職証明書ないし離職票の所定欄に記載された離職理由から選んで事業主,離職者はそれぞれが丸を記入し,具体的事情も記載する離職者は,自ら記載した離職理由に間違いがないことを認めて署名押印し,事業主がつけた離職理由に対し異議を述べることができる。
ただし,離職者は,単なる自己都合退職の場合以外は,すべて離職理由を証明する資料(例えば倒産手続き申立受理証明書,事業の法令違反や業務停止命令の事実を証明する資料,株主総会の解散決議議事録,事業所移転の通知,就業規則,労働契約書,解雇予告通知書,希望退職募集要綱,賃金規定,賃金台帳,賃金低下に関する通知書,職種転換・配置転換の事例)を提出しなければならない。
しががって,いったん労働者の個人的な事情による離職に丸をすると,後になって実は倒産又は解雇等により離職したと主張しても,証明することは困難になるので,注意を要する。
(10)解雇の効力を争う場合の仮給付
解雇を争いつつ失業給付を受ける場合には,仮給付(条件付給付)として受けるべきである。離職者は仮給付を受けるにあたって,公共職業安定所に対し解雇を争って係争中であることを示す文書(例えば,裁判所の事件係属証明書,不当労働行為救済申立書のコピーなど),勝訴して解雇時から賃金の支払いを受けた場合には保険給付を返還する旨の文書を提出する。通常の受給手続きを途中から仮給付に切り替えることもできる。また,仮給付の場合でも離職票は必要になるから,解雇を争う場合でも事業主から離職票を受け取る必要がある。
仮給付を受けたのち,会社との和解で,復職によらず一定の金銭を受け取ることで紛争を解決する場合,退職日を解雇日とし,賃金以外の名目(慰謝料,損害金,解決金等)で金銭の支払いを受ければ,仮給付は返還する必要がないことになる。退職日を解決時とし,過去の賃金として金銭の支払いを受ける場合には,仮給付相当額をいったん公共職業安定所に返還し,給付の手続きを改めて行って,「退職日」である解決時を起点にして再度給付を受けることになるので注意が必要である。
(11)特別支給の老齢厚生年金と基本手当の調整
原則として,基本手当が優先される。
特別支給の老齢厚生年金(厚生年金保険の被保険者期間が1年以上であり,国民年金の老齢基礎年金の受給資格期間を満たし,原則60歳以上であれば,受給権が発生する)を受けている者が退職して公共職業安定所に求職の申込みをすると,その翌月から受給期間が満了又は所定給付日数分の受給が満了するまで,年金が支給停止となる。
基本手当を受給している者が年金の受給権を取得すると,その翌日から受給期間が満了もしくは所定給付日数分の受給が満了するまで年金が支給停止となる。
以上